武蔵野大学アントレプレナーシップ学部長、伊藤羊一先生のガクチカのススメ

2021年4月、武蔵野大学に新設されたアントレプレナーシップ学部。
その学部長に就任したのが、「一分で話せ」等のベストセラーを著書に持ち、社会人のリーダーシップ教育を精力的に行ってきた伊藤羊一先生です。
日本で初めての試みとなるこの学部での学びを通じて、私たちが新しい挑戦に踏み出すためのヒントをご教示いただきました。
この記事を読み、「学生らしい」学生生活が禁じられている今、大学で学ぶ意味を改めて問い直してみてはいかがでしょうか。
至極元(九州大学共創学部3年。以下、至極):
伊藤先生、本日はよろしくお願いします。
まずは自己紹介をお願いしてもよろしいでしょうか。
伊藤羊一先生(以下、伊藤先生):
初めまして、伊藤羊一です。現在主に3つの仕事に携わっています。
1つ目は武蔵野大学アントレプレナーシップ学部で、2021年4月から学部長を務めています。
2つ目は、ヤフーの親会社であるZホールディングスで企業内大学の取り組みを行っていて、ヤフーやLINE、ZOZO等、いろいろな会社のリーダーが集う、Zアカデミアの責任者を務めています。この2つの活動を通して、社会人リーダーの育成をしています。
3つ目は株式会社ウェイウェイという会社で代表取締役を務めています。そこでは講演の開催やグロービス経営大学院の講師、本の執筆などをしています。要するに個人としての活動を株式会社ウェイウェイで業務として行っているということです。
主に、武蔵野大学、Zホールディングス、それから株式会社ウェイウェイの3つで仕事をしています。他にもメディア出演や「Voicy」というインターネットラジオで発信をするなど、色々な活動をしています。
武蔵野大学アントレプレナーシップ学部とは
至極:自己紹介ありがとうございます。早速ですが、アントレプレナーシップ学部での学びを通して、学生にはどのような期待をされているのでしょうか。
伊藤先生:武蔵野大学アントレプレナーシップ学部のYouTubeチャンネルでも発信しているのですが、そもそもアントレプレナーシップ(起業家精神)とは、
「高い志と倫理観に基づき、失敗を恐れずチャレンジし、新たな価値を見出し創造していくマインド」であると定義しています。
・高い志と倫理観に基づき、自分の意志を持つ
・自分の意志で、失敗を恐れずチャレンジする
・その結果、新たな価値を創造して、社会に価値を提供していく
アントレプレナーシップ学部での学びを通して、学生が上記の3つの想いをもって世界に踏み出していってほしいという期待をしています。
–アントレプレナーシップは字義通りの起業家精神ではない
至極:上記で示していただいたアントレプレナーシップの定義を見ると、起業家に関わらず生きるうえで大切なことのように思えますね。
伊藤先生:そうですね。アントレプレナーシップを日本語にすると”起業家精神”ですが、アントレプレナーシップ学部では必ずしも「起業」のみを促したいわけではなく、”自分の意志で自分の人生を生きる”ということを学び取ってほしいと考えています。
大学に入ることがゴールとなってしまって、その先何をしていいかわからない学生がとても多いので、学生自身の「やりたい」という意志を育てて、学生がチャレンジするサポートができればうれしいです。
至極:アントレプレナーシップは直訳だと起業家精神とか、起業に関わる言葉ですが、伊藤先生やアントレプレナーシップ学部の解釈では、アントレプレナーシップは「自分の意志で自分の人生を生きる」ために必要なマインドのことを指しているのですね。
学部のキャッチコピーになっている「会社に入るか社会を創るか」という言葉は、完全に会社に入ることを否定した上で、私たちは社会を創ろうという意味だと思っていましたが、そういった意味合いで使っているわけではないということでしょうか。

伊藤先生:はい、それは違います。「会社に入る」ことの対義語が「社会を創る」ということではないと考えています。その上で、「単に会社に入るという選択肢だけでいいんですか」、「社会を創ることに興味ありませんか」、という問いを投げかけています。会社に入って価値を創造し、社会に提供していく、という選択肢ももちろんあります。一人ひとりの選択肢は違うので、学部のキャッチコピーでは質問の形にしています。
このキャッチコピーの真意は、就職して会社に入るにしても、なぜ自分はそこに行くのか、いろいろな手段がある中でなぜその道を自分は取るのかを徹底的に考えませんかというメッセージです。
至極:伊藤先生はアントレプレナーシップ学部をどんな学部にしたいと考えているのでしょうか。
伊藤先生:自分で自分の人生を生きていくことができる人を育てる学部を作りたいと考えています。若者と話をしていても、何をやっていいのか分かりませんと言う人が多く、自分の人生に対して充実感がない印象があります。
僕自身、大学を選ぶときに何かをやりたいという意志がなく、大学ランキングを見て自分が入れそうな「一番偏差値が高いところ」という観点で大学や学部を選んでしまっていました。
現在でも多くの人は、偏差値や自分の成績で自分が行ける大学を考えてしまっています。それは、自分の意志のない、もったいない大学の選び方だなと思っています。自分のやりたいという意志、かなえたい目的を実現するための手段として大学を選んだほうが、大学入学後も「やりたい」という意志をもち続けて行動を起こすことができます。
自分の「やりたい」と思える何かを明確にもって行動を起こすことができると、それが充実感につながり、もっとハッピーになるのではないかと考えています。このような背景があり、自分で自分の人生を生きていくことができる人を育てる学部を作りたいと思うようになりました。
至極:ありがとうございます。アントレプレナーシップ学部は、学生が自分の人生においてやりたいことを見つける学部ということですね。
マインド・スキル・アクション
–3つのステップの繰り返しで、人は成長する。
伊藤先生:「自分の意志で自分の人生を生きていく」といっても、何をするべきか分からないですよね。そのため、アントレプレナーシップ学部では自分の意志で生きていくために必要なスキルのインプット、マインド作り、それらを踏まえたアクションを基本構成として授業を行っています。

この3つの関係は、上記の図のようになっています。SkillとActionの間の線が水面を表しています。水面の上(Action)が外から見える部分で、水面の下(Skill,Mind)が外からは見えない部分です。
一般的に、Action・Skill・Mindは別々に鍛えるものだと思われています。例えば大学では、スキル、場合によってはマインドの部分までしか学ぶことができず、実践は社会に入ってから、というように分離されてしまいます。しかし、「学んだらすぐ実践」というインプットとアウトプットがセットになっている状態が理想の学びです。
起こしたアクションは以下のプロセスを踏んで自分のスキルになります。
①言語化する
②「So What」それがどういう意味があるのかを考える
③「A-ha!」なるほど!と気づく。
①→②→③のプロセスを踏むことで気づきを得ることができ、それが自分のスキルやマインドにインストールされていきます。社会人に色々教えている中で、このサイクルを回していくことが大事だと気づきました。
通常、インターンに挑戦することや、アルバイトとして働くこと、そして自分でビジネスに挑戦することだけがアクションだと思われがちです。しかし実は、友達と話すことや、日記を書くこと、本を読むこと、これらも全てアクションにあたります。
このアクションを自分のスキルやマインドにインストールするためには振り返りが必要です。振り返りを通じて「あ、こういうことか」と気づきを得ます。さらにその気づきを活かして再度アクションを起こす。このサイクルを繰り返し行うことが大事です。
ビジネスを実際にやっていく、というアクションの場は、大学には基本ありません。だから私たちは、アクションとスキルとマインド全てが鍛えられる場所を大学に作ろうと考えてアントレプレナーシップ学部を創設しました。
アントレプレナーシップ学部の授業の中でも、実際に起業するような実践的取り組みを行っていこうと思いますし、学園祭などで出店することや、イベントを実施することなども含めて全部アクションだと考えています。その実践する力をつけ、インプットとアウトプットのサイクルを回そうというのが、今アントレプレナーシップ学部で実現しようとしていることです。
また、気づきをインストールした後、そこからすぐにアクションに移して行けるかということも重要です。
上の図の矢印で言えば右側(Action→Skill→Mind)は上記で述べたプロセスを実践することでインプットをすることができます。そして左側のプロセス(Mind→Skill→Action)にも挑戦することで、インプットした気づきがインプットだけで終わるのではなく、新たなアウトプット、そして新たなアクションにつながります。新たなアクションが生まれれば、新たな気づきが生まれます。
要するに、上の図で表した右側の矢印と左側の矢印のプロセスをサイクルとして繰り返すことができれば、成長し続けることができるということです。
–マインドの鍛え方
至極:上の図ではマインドが根底にありその上にスキルやアクションがあるように示されていますが、マインドが一番重要なのでしょうか。
伊藤先生:人生を生きていくうえでは、、やはりマインドが大事になってくると考えています。マインドがしっかりしていればスキルも後からついてくると思っているので、私はアントレプレナーシップというマインドが大事だと言っています。
至極:このマインドはどのような経験をもとに生み出されるものなのでしょうか。
伊藤先生:内省と対話から生み出されると考えています。内省する、つまり自分で考えてみる、自分で振り返ってみるということがマインドを形成する上で重要になります。さらに、自分で振り返るだけではマインド形成をするためには物足りないと考えています。
内省した内容について誰かと対話をし、言語化をすることが成長するためのマインド形成には必要です。言語化ができれば、
①言語化する
②「So What」それがどういう意味があるのかを考える
③「A-ha!」なるほど!と気づく。
上記の3ステップの成長サイクルが回り始めます。
議論をして相手に理解や納得をしてもらわないといけないということではありません。
ただ話し、ただ聞くことを”対話”と呼んでいます。要するに結論を出そうとしないで、言語化してみることが大事であり、聞く方もそれを否定したり、もっといい答えがあると考えるのではなくて、「うんうん」というように頷くだけで問題ありません。何かコメントがあれば伝えることは問題ないですが、まずはその人に言葉を出しきってもらうことを、聞いている人は意識しましょう。
私たちアントレプレナーシップ学部の教員も学生に答えを教えたり、意見を押し付けるような教え方はしていません。学生が自分の意志をみつけてそこに走っていけるように併走するということを意識しています。
学生のうちにあらゆる経験を
至極:伊藤先生はこれまで社会人に対してのリーダーシップ教育を主にされてきましたが、学生に対してのアントレプレナーシップ教育となると違いがあるのでしょうか。
伊藤先生:基本的に違いはないと思っています。ただ、内省と対話によって導かれる結末には、過去の経験などのバックグラウンドが根底にあります。だから、そこの部分の差はあるかもしれないです。
例えばグロービス、Zアカデミアは全員が受ける教育ではありません。受けたいという気持ちがあって、自分の時間を削ってまでも教育を受けたいという思いで、参加していただいています。
なぜ彼らは参加するのかというと、彼らの中にはすでに問題意識があるわけです。何かを変えたい、問題を解決したいという気持ちをもっています。
一方学生は、何かの想いをもって大学に入ってくるわけですが、社会人に比べて問題意識がさほど強くない人が多いです。たとえ問題意識をもっていたとしても、自分の価値観が大きく変わるような経験をしていたり、自分の人生をかけられるほど大きな問題意識を抱えたりする人は少ないです。そのような状況の中で、私たちは学生の成長を考えなければいけません。
強い問題意識があれば、その問題を解決するためにひたすら学びを深めることができ、その分成長スピードも速いです。しかし、学生はまだそこまで至っていない状態から始めるので、モチベーションの上下があったり、急激な成長が見込めなかったりします。そこが教えるうえで難しいと感じる部分です。
そして問題意識は、辛いことや悔しいことなどいろいろな経験をしないと育ちません。私自身、若い時にはあまり多くの経験を得ることができませんでした。歳をとってからいろんな経験をしたので、「もっと若い時に経験したかったな」と後悔しています。
また、アントレプレナーシップ学部の創設の背景としても、「若い時に多くの経験をできる環境があれば良いな」という想いが創設背景の一つでもあります。学生のみなさんが、チャレンジできるようサポートをして、ポジティブな経験もネガティブな経験も得ることができる、そんな学部を目指しています。
やりたいことはどうやったら見つけられる?
至極:強く「これがやりたい!」と思うものが見つからない学生に、探し方のコツを伝授していただきたいです。やはり、まずは問題意識を醸成していくことが必要なのでしょうか。
–問題意識よりもまずはやってみる
伊藤先生:問題意識は何もないところからは生まれません。なにか行動を起こすことで生まれてくるものです。だから、まず何か動いてみないと始まりません。
最初は、「人に誘われたから」という理由で行動を起こしても良いと思っています。例えば、けんすうさんという有名な起業家の方がnanapi(ナナピ)というノウハウサイトを立ち上げたのですが、そのけんすうさんにnanapi(ナナピ)を作ったのはなぜかと伺ったところ、その理由は「人に言われたから」というものでした。ヤフーでCOOを務める小澤隆生さんに「作ったらどうか」と言われて作ったのだそうです。
もう一つ例をあげますと、スターフェスティバル株式会社という法人向け弁当の販売を行っている会社の社長をされている岸田祐介さんに、なぜ始めたのか伺ったら、こちらもけんすうさんと同様に小澤隆生さんと家にいるときに、誰かがその家の前でお弁当を売っていたことがきっかけだったと仰っていました。その人を見て、弁当屋さんをやってみたらどうだろうかと小澤さんに言われて、弁当を売り始めたそうです。岸田さんは最初から弁当屋をやりたいと思っていたわけではなく、やってみたら楽しくて、続けた結果大きな会社となっていたそうです。
上記であげた2つの例は問題意識とはほとんど関係がありません。これらは、ささいなキッカケからとりあえず勇気を出して一歩踏み出してみた結果、「案外面白い!」というものに出会えることができたという事例です。
もちろん、問題意識をもって行動を起こす方もいると思います。それはそれで良いとは思いますが、必ずしも問題意識をもってから行動を起こさなければならないということは、全くありません。
ここまで述べた通り、問題意識がなくても”まずはやってみる”ということが大切ですが、一人で挑戦するのは、いろいろなハードルがあると思います。ハードルを乗り越える際に、仲間の存在は重要です。
アントレプレナーシップ学部では教員も学生と伴走をする仲間となって、仲間の挑戦を後押しします。
–小さな行動の繰り返しが、大きな変化を生む。
至極:先ほどの社会人と学生の比較でもありましたが、過去のつらい経験や強い意志がない人は、やりたいことを見つけるのにも苦労していると思います。そういう人たちが「これなら自分の人生をかけられる!」と思えるものに出会うためには、何かコツみたいなものがありますか。
伊藤先生:それは2つあります。1つ目は、私の本を読むのが良いかなと思っています(笑)。
私は「1行書くだけ日記:やるべきこと、やりたいことが見つかる!」という本を出版しています。この本は日記を書きましょうという内容ではないです。振り返りをしましょうということを言っています。要するに、「三角形のサイクルを回すことをひたすらやりましょう」ということを本の中でお伝えしています。日々の気づきを振り返り、自己との対話を日記という手段を活用して行うことでインプットとアウトプットの両方を行うことができます。
あらゆることが自己成長の糧になります。自分が成長するというのは、サイクルを通じて自分自身を見つめる日々を繰り返していくということです。自分自身を見つめ、その中で自分の意志を見つけるというのが、コツの一つ目です。
二つ目は、先ほどのサイクルの続きにもなりますが、もう少し大きな視点で自分の過去を振り返ることです。過去の経験を振り返り、現在抱えている想いを理解することで、自分が何に人生をかけたいのかが見えてきます。
サイクルの話は日々の話であり、過去から未来を考えることは人生全体を考えるという少し大きなスケールの話でもあります。過去を振り返って、現在の譲れない想いを知り、そして未来のイメージを膨らませていくことが自分の意志を見つけることにつながります。
伊藤羊一先生から学生へのメッセージ
至極:やりたいことが何かわからない学生に向けて、新しい挑戦への一歩を踏み出せるように、伊藤先生からメッセージをいただいてもよろしいでしょうか。
伊藤先生:繰り返しにはなりますが、何かを始めるときに必ずしも高い問題意識をもつ必要があるかというと、その必要は全然ないと思っています。
一番大事なことは、仲間と一緒でも良いので行動をしてみて、振り返って気づきを得る、気づきを得たらまた行動することです。この連続でしか人は成長できません。あまり難しいことを考えないで、ちょっと新しいチャレンジをしてみる、そして振り返る。歯磨きと同じで、問題意識とかモチベーションよりも、どれだけ習慣化できるかが自身の成長において最も重要です。
新しいチャレンジは、最初は全然大したことでなくても問題ありません。例えば、電車の中でお年寄りに席を譲ることや、リモート授業で顔出ししていなかったけれど顔出ししてみることなど、小さなことでいいので毎日1つチャレンジをしてみてください。
習慣化して繰り返した先に、問題意識や課題意識は必ず出てきます。その意識が芽生えたら問題や課題を解決するために突っ走ってください。
意識が芽生えるまでは、まずは自分が外に向かってなにか一歩踏み出す、小さなことで良いので繰り返しやってみると良いかなと思います。
至極:ありがとうございました。